弁護士 虻川高範
一 「(労災補償)不支給処分を取り消す」という裁判長の声を聞いても、原告席に座っている妻は、夫の自殺を労災と認める判決だとはすぐには理解できないのか、呆然としていた。傍聴席でも、勝った、と破顔する人もいれば、本当に勝ったのか、という表情を浮かべる人もいた。
法廷から廊下に出て、長年支えてきてくれた支援者の方からオメデトーと握手されて、ようやく原告は判決の意味を知り、周囲を憚らず号泣した。
労基署からも、不服申立した労災審査会等からも、夫の自殺は労災ではない、と言われ続けてきた原告は、処分を取り消すと言われてもすぐには信用できなかったのかもしれない。それほど原告が労働行政に持ち続けた不信感、不安感は大きかったのだろう。
ニ 原告の夫は、A社の総務、経理部門で長く働き、次長に昇格した翌年夏、勤務先で自死した。亡くなる直前3ヶ月間の残業時間は一〇〇時間を超え、亡くなる前日まで二〇日間の連続出勤で、直前一カ月の残業は一八〇時間を超えていた。
死後警察から妻に返された夫の鞄には、「もう限界です。もう死にます。」という遺書が残されていた。携帯にも、「駄目だ、今日で終わる。……良いお父さんじゃなくてごめんなさい」などと家族に伝える前日のメールが送信されずに残っていた。
妻は、秋田コミュニティ・ユニオンの支援を受け、労災申請をしたが、労基署は、労災と認めなかった。
始業時刻の九時より一時間四〇分も早い七時二〇分に出社しているのに、その間の朝礼等三〇分だけを労働時間として、その間の七〇分間は労働時間と認めなかったからだ。その結果、労基署は、残業時間は一〇〇時間を下回り、過労死基準に該当しない、というのである。
休憩していたわけでもなく、デスクに座っていたにもかかわらず、朝礼の前後の時間帯は労働していない、というのは非常識にもほどがある。さすがに、裁判所は、この間も労働時間と認め、恒常的な長時間労働と、過重な労働実態を認定し、その結果自死に至ったと、労災と認める判決を言い渡した(秋田地方裁判所平成27年3月6日・労働判例1119号)。労基署は控訴をせず判決は確定した。
三 「過労死防止法」が二〇一四年に施行されたが、依然として、過労死、過労自殺はなくならない。労災申請しても認められる件数はまだまだ少ない。労働法制の改悪も進んでいる。過労死がなくなる日が一日も早く実現できることを願うばかりである。